マグナムTOKYOと黒木先輩
元闘龍門JAPANのマグナムTOKYOこと黒木克昌さんのことが大道塾公式サイトに載っていました。
なんとコロンビア支部に行かれたそうです。
去る6月22日、南米コロンビア支部へ日本より黒木克昌(くろきかつまさ)指導員(弐段)が派遣されました。
南米地区では2006年11月に行われたコロンビア大会以降、近隣の中米、南米諸国よりセミナー開催の要望・問い合わせが本部へ数多く寄せられておりました。ところが、最近の世界的な景気減速の中で、特にこの地区は経済状況が思わしくなく、支部開設の条件である、「塾長+指導員を招聘(しょうへい)しセミナーを開催する(参照:大道塾海外支部開設のポリシー)」ということが非常に難しい状況でした。しかしコロンビア支部カイセド支部長の「コロンビアはじめ、南米地区の空道と大道塾への興味が非常に高まっている今、なんとかして指導員を1カ月でも良いから派遣して欲しい!」という強い要望もあり、昨年の運営委会議を通じて、何度となく国内支部からの短期派遣の黒帯を指導員を募集していました。
しかし、中々希望者がなく双方共に実現は不可能かと諦めつつありました。そこに元寮生であり、以下の略歴をもつ黒木克昌(くろきかつまさ)指導員が、「次の活動への充電期間でもあり、卒寮後は育てて頂いた大道塾へ直接的に何の貢献もできていなかったという想いもありますので、自分で良ければ行かせて頂きます」という申し出がありようやく実現の運びとなりました。
マグナムTOKYOと闘龍門
最近あんまりみないけど5年ほど前までプロレスが大好きでした。
よく観にいったのが、みちのくプロレス、DDT、WMFといったインディーズ。中でも闘龍門が大好きでした。
闘龍門が良いのは試合展開のスピーディーさ、特にタッグマッチのおもしろさは随一でした。プロレスとしての完成度はもちろん笑いの要素もきちんとあり、大きな大会では泣けるところも用意してあるなど本当に良いプロレスをする団体でした。
その中でもマグナムTOKYOは闘龍門の歴史を担ってきた選手だと思います。
プロレス入り前は父の会社でサラリーマンとして働いていたが、ウルティモ・ドラゴンに憧れ彼が当時所属していたWARに頻繁に出入りする(ウルティモ曰く、「勝手に入ってきた」らしい)。この時、天龍源一郎の鞄持ちを務めていた。この頃からウルティモに何度も弟子入りを懇願していたが拒否され続ける。しかし遂に弟子入りを認められ、闘龍門の設立に伴いその第1期生に選抜される。
(途中略)
闘龍門JAPANが設立されると日本へ凱旋帰国。旗揚げ戦では試合後、「夢を捨てなければ鞄持ちからでもプロレスラーになれます!!」の名言を残す。
「夢を捨てなければ鞄持ちからでもプロレスラーになれます!!」ですよ。名言ですね。泣けますよね。
なぜ僕がマグナム東京に思い入れがあるかというと大道塾のOBだったからです。
でもそういうことを抜きにしてもすばらしいプロレスラーです。ヒールでもベビーフェイスでも両方で輝けるプロレスラーはそうはいません。
大道塾への恩返し
去年くらいにマグナム東京がドラゴンゲートを退団したという話を聞きました。
そのときは「引退してもどこかのリングでやってくれるんだろうなー」と思ってました。しかし、その後どこの団体とも契約することなく「限りなく引退に近い」かたちでフェードアウトしていきました。
そのうちだんだんと僕もプロレスを見なくなっていったのですが、ふと大道塾のサイトを見てビックリしたのが冒頭のコロンビア行きのお知らせでした。
大道塾に戻っていたのも知りませんでしたし、指導員として海外に行ってしまうなんて全くの初耳でした。もう本当に驚きました。
驚くと同時に「大道塾に恩返ししたい」という黒木先輩の男気に感動しました。
いい話です。
僕は今年の6月をもって大道塾をやめました。空手は僕にいろんなことを与えてくれましたが何のお返しも出来ていません。なのでせめてコロンビア支部の成功をお祈りしたいと思います。
黒木先輩はここでブログ書いてます。
大道塾|2008 コロンビア奮戦記
最後に
マグナムTOKYOの入場シーンをご覧いただきたい。
入場するだけでこれだけ会場が沸くってスゴイ。
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なんだかこのシーンだけ見るとアレですがとても良い選手なんですよ。すばらしいです。